誰のための謝罪

山本モナ二岡智宏の不倫騒動そのものについてはハッキリ言ってどうでもいい。不倫がどうのこうのと言うのも、それは民主党の細野議員や二岡の奥さんや家族が怒ればいい。


私だけでなく、きっと視聴者の中にも「バラエティまで出演自粛しなくても」と思う人も沢山いると思う。今バラエティに出まくっている国生さゆりだって、かつては長渕剛と不倫してたんだし、バレてないだけで今だってしている芸能人は沢山いるでしょう。


ただ、やっぱり報道となると、不倫に限らず世間のマナー違反を問いただすような内容の時に司会のモナが「困ったものですね」とコメントするのは難しい。ゴルフの石川遼選手を盗聴しようとしたTBSの『ピンポン』の中で福沢が、沢尻エリカの不機嫌舞台挨拶を「プロとして失格」とネチネチと批判しまくり、「お前らが言えた義理か!」と非難をくらった時のように。


しかもこの『サキヨミ』という番組はどうやら山本モナキャスター復帰!と、モナありきでスタートした番組のようなので、アシスタント的に起用された『News23』の時とは明らかに違う。そんなモナありきの番組でモナがいきなり出演できなくなったら、番組の命綱は切られたも同然。この番組を立ち上げたスタッフの出世だってきっと何年か遅くなったに違いない。そんな状況で、バラエティだけは笑って出るというのは、世間にというよりテレビ界の人に対して申し訳ないから自粛したんだろうなー。キャスターの仕事が決まってなければ、ここまでの自粛にならなかったというこのジレンマ。


最初に書いたように、この不倫騒動はモナが責任とってどうにかすればいいだけの事で、私はどうでもいい、という気持ちだったんだけど、今日の朝の情報番組を見ていたら怒りを覚えました。それは、前日に例の『サキヨミ』の放送があったそうなんだけど、その中でアナウンサーの人がモナの謝罪文を代読したという記事についてです。


なぜ、テレビに出る職業の人が、テレビで謝罪できないのか?あの、イタリアの世界遺産に落書きをしてしまった女子大生は、勇気を出してイタリアまで行って謝罪してきたというのに。モナに限らず、教師が問題を起こしても何故か校長が謝っていたり、一般男性の場合でもなぜか会社の社長が謝っていたり、犯罪を起こす誤った自主性や自己主張はあるくせに、どうしてその尻拭いを他人にやらせるのでしょう?しかも性犯罪に関しては、世間的に身分のある立場の人間のくせに「酔っ払っていて覚えていない」と誤魔化す人間さえいるこの情けなさ。女子大生の爪の垢でも煎じて飲ませたいよ。あ、この手の変態野郎なら、喜んでそれを飲むかもね。


あるニュースのコメンテーターの中には、イタリアに行き謝罪をした女子大生に対して「ここまでする必要があったのかな?と思います。むしろここまでしないといけないという前例になってしまうかも。」と言っていた。「ここまでする必要があるのか?」=「この程度の事で」?これでは、落書きなんて大した事ないと言っているようなものだし、みんなやっているのだから自分だってやったっていいじゃないかと認めているようでもある。どんな小さな過ちであれ、謝る事に制限なんてない。みんながこぞって謝りに行くような世の中だったら、そもそも安易な落書きがあそこまで増えなかったでしょうよ。結局、大人の根底が腐ってるから、こういう事態にまで発展するんだなと思わされたコメンテーターの一言でした。


モナに話を戻すけど、私はモナは別に悪くないと思うけど(私に対して何か悪い事や不快に感じさせる行為をしたとは思ってない)、彼女自身がスタッフではなく視聴者に本当に悪いと思っているなら出てきて直接謝るのが本当だったと思うし、女性マネージャーに暴力を振るった島田紳助の時もそうだったけど、謹慎する時は何も言わずに姿を消し、復帰となったらわざわざ生放送にして視聴率稼ぎのように単独で謝罪するというのは「これからまた仕事しますからよろしく」という、相手に対しての謝罪というよりは自分がみそぎを済ませて身を軽くしたいからだろうなと思えてならない。