『歸國』の感想

TBSのドラマ『歸國』を見ました。


番組欄などではビートたけしさんや小栗旬さん、長渕剛さん、向井理さんなどが名前の上位に来ていたけれど、本当の主役はARATAさんなんじゃないか?と思いました。ストーリーテラーみたい。


普通の台詞が棒読みっぽく聞こえがちなARATAさんだけど、それをうまくカバーする話し方をさせる演出の人は見事だなと思ったし、ARATAさんだけが持つ独特の雰囲気が役と合っていた。向井理さんはやっぱりうまくない。彼を息の長い役者にしたいのなら、事務所の人は発声から叩き込んで欲しい。向井理さんに限らず、「ドラマをやっていく中で成長する」なんて、基礎も学んでいないまま作品に出されちゃ、見せられている方はたまったもんじゃない。ビートたけしさんも台詞はうまいとは思わないけれど、たたずまいが何とも言えず味がある。ただ私が好きだからそう思うだけかな?(照)


長渕剛さんが呼ばれて会いに行った介護施設にいる当時の上官(だったか?)が、「東条も死んだ。広田さんも死んだ。」と言う台詞があったけど、東条は呼び捨てで、広田さんは『さん』づけだったのが、同じA級戦犯で処刑された人達と言っても、この二人を同じように論じるわけにはいかない、という心理の現れだったのでしょうか?


今の日本社会の、平和ではあるけれどどこか狂っている点を突くテーマや、それを戦争で日本のために命を落とした英霊達に言わせるという着眼点は素晴らしいなと思うんだけど、便利は害悪みたいに言われても、もう電化製品が生まれた頃からある世代としては、便利じゃなかった頃を知らないので、あまりピンと来なかった。逆に、冷蔵庫が無かった時代はさぞ不自由だっただろうと思うし、かと言ってそれがあったからと言って人間が堕落するとは思えないし。


ただ、私が子供の頃は自分や親が縫っていた雑巾が、今やお金さえ出せばお店で買えるというのは「企業がやり過ぎだ」とは思う。あと、御節(おせち)料理をコンビニやスーパーで売っているのも何か違う気がする。倉本さんの言いたい事もそういう事だろうか?やっぱり、自分が以前の状態を体験していないと、その危機感は身に沁みないのかも。少なくとも私の場合。


更に、これをドラマの感想として結びつけるのは筋違いだけど、私が今の社会で危機を抱いているのは便利さ優先の社会よりも、何でも儲け優先に社会が回っている点なので、ドラマの中でその辺の指摘があまり無かったのが残念でした。(繰り返しますが、これはドラマに対する評価ではありません。ただ自分と同意見の指摘をこういうドラマで代弁してくれていたら、「倉本聰よ、よく言ってくれた!」という爽快感が得られただろうなーというだけの事です。)


そもそも、このドラマは視聴者を楽しませるために作られたものではなく、戦争で日本のために戦い命を落とした兵士達の気持ちを代弁するためのドラマだったんだろうな、と思います。特に今は過去の戦争を忘れて、再び戦争を起こそうとしている人達の行動が活発になってきているから。


ただ、この作者の思いが、あまりも台詞で語られ過ぎた。ドラマではなくインタビューで倉本さんがこの思いを語ったのだとしたら、すごく意義のあるインタビューになったと思う。でも、ドラマという表現方法の中で、言葉だけで延々とそれを表現してしまうのはどうなんだろう?